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PERSON
勝海舟
勝海舟
江戸無血開城の立役者
1823-1899 · 享年 76歳
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生涯
江戸本所の貧しい旗本の家に生まれ、蘭学・兵学を独学で修めた苦労人である。1860年、幕府の派遣で咸臨丸(かんりんまる)の艦長として太平洋を横断し、日本人のみで太平洋を渡った歴史上初の航海を成し遂げた。帰国後は神戸海軍操練所を設立し、坂本龍馬・陸奥宗光・内藤正明ら身分を超えた人材を積極的に育てた。幕府の要職を務めながらも倒幕側の薩長志士とも交流を続けた。幕末の戊辰戦争では旧幕府代表として江戸城明け渡し交渉の全権を担い、西郷隆盛と直接会談して1868年4月11日の江戸城無血開城を実現した。100万市民が暮らす江戸を戦火から救ったこの決断は、歴史的英断として後世まで高く評価されている。明治政府でも海軍卿・枢密顧問官として登用され、旧幕臣の保護にも力を尽くした。77歳まで活躍し、1899年に没した。勝海舟が成し遂げた江戸無血開城は、現代でも「最も賢い撤退」と評され、政治的決断の模範として世界の歴史教育でも引用されることがある。
人物像
幕臣でありながら幕府に固執せず、大局を見据える柔軟さを持った。歯に衣着せぬ物言いで知られ、「氷川清話」に残る毒舌混じりの回顧談は痛快そのものである。
歴史的意義
江戸無血開城により日本の首都を破壊から救い、内戦の拡大を防いだ功績は計り知れない。幕末から明治への移行期において、最も広い視野を持った政治家の一人であった。
逸話・エピソード
江戸無血開城——西郷隆盛と勝海舟の歴史的会談
1868年3月、新政府軍が江戸に迫る中、勝海舟は新政府軍の参謀・西郷隆盛と二度の会談を行い、江戸城の無血開城を成し遂げた。もし交渉が失敗していれば、人口百万を超える江戸は戦場となり、多大な犠牲が生じたと考えられる。海舟の巧みな交渉と西郷の英断により、江戸は焼き払われることなく明治時代へと移行した。海舟はその後も徳川家の存続のために尽力し、山岡鉄舟とともに「幕末の三舟」として後世に称えられる。
─ 完 ─
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