character/[id]

PERSON
山岡鉄舟
山岡鉄舟
幕末三舟の一人・剣禅一如の達人
1836-1888 · 享年 52歳
+ 推しに追加
家系図を見る
生涯
幕末・明治の武士・政治家・剣客・書家。幕臣として幕府に仕え、武芸・剣術に秀でた。1868年の江戸開城にあたっては、勝海舟の使者として単身で西郷隆盛の陣に乗り込み、江戸の無血開城への道を開いた先駆け交渉を行った。その後明治政府では静岡藩権大参事などを経て、明治天皇の侍従・宮内大丞を務めた。剣術では北辰一刀流から独立した「無刀流」を創始し、「剣禅一如」の境地を体現した。書においても幕末三筆の一人に数えられるほどの腕前で、力強く大胆な作風が特徴。勝海舟・高橋泥舟とともに「幕末三舟」と称される。晩年は全谷寺を建立し、弟子の育成と仏道に専念した。1888年、病に倒れながらも端座して絶筆「霊」の一字を書き、その場で入定したとされる。
人物像
豪快で一本気な武人気質と、深い禅の精神性を融合させた稀有な人物。権威に媚びず、信義を重んじ、自らの信念のためには一人で敵中に乗り込む胆力を持った。書・剣・禅のすべてにおいて妥協を知らぬ求道者。
歴史的意義
江戸無血開城への陰の功労者として、歴史的評価が近年高まっている。無刀流は現代剣道の精神的源流の一つとなり、その書は国宝級とも評される。全谷寺(東京都台東区)には墓と多くの遺品が残る。
逸話・エピソード
江戸無血開城——勝海舟と西郷隆盛の歴史的会談
1868年(慶応4年)、新政府軍が江戸に迫ると、幕府側代表の勝海舟(勝麟太郎)は新政府軍代表の西郷隆盛と交渉し、3月13・14日の会談で江戸城の無血開城に合意した。100万人の住民を擁する大都市・江戸の戦火を防いだこの決断は、明治維新最大の「智慧」とも評される。勝は幕末に咸臨丸の艦長として日本人初の太平洋横断を果たし(1860年)、幕府海軍を整備した人物でもある。明治以降も政界・言論界に影響を与え続けた。
─ 完 ─
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U