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PERSON
桂太郎
桂太郎
3度の首相・桂園時代の政治家
1848-1913 · 享年 65歳
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生涯
長門国(現・山口県)萩出身の長州藩士。山縣有朋の腹心として軍・政界で頭角を現した。日清戦争・日露戦争を経て、第11・13・15代内閣総理大臣を歴任し、西園寺公望と交互に政権を担う「桂園時代」を形成した。総理在任期間は計2886日に及び、当時の歴代最長記録であった(現在でも第2位)。日英同盟(1902年)の締結に尽力し、日露戦争(1904-1905年)では戦時宰相として戦勝に導いた。ポーツマス条約締結後の桂・ハリマン覚書や桂・タフト協定など、日本の国際的地位向上に貢献した外交交渉を行った。1912年末、第三次桂内閣成立に際して「憲政擁護運動(大正政変)」と呼ばれる激しい反対運動が起き、桂は政党結成(立憲同志会)を試みたが、病気のため1913年に在職中に死去した。享年65歳。山縣有朋が育てた軍閥・藩閥政治の申し子として、大正デモクラシーの波の中で時代の転換点に立った政治家であった。
人物像
山縣有朋の腹心として藩閥・軍閥の論理で動く現実主義的政治家。陸軍出身でありながら外交的な現実感覚を持ち、国際的な外交交渉でも実績を残した。権謀術数にも長けた政治家として知られた。
歴史的意義
総理在任日数は今なお歴代2位の記録。日英同盟・ポーツマス条約後の外交成果は日本の国際的地位を高めた。「桂園時代」は明治末期から大正初期の政治的安定の象徴として日本政治史に記録されている。
逸話・エピソード
桂太郎と「桂園時代」——日本最長記録の首相在任と日英同盟
桂太郎は山縣有朋の後継として陸軍長州閥を代表し、3度にわたって内閣総理大臣を務めた。通算在任日数は2886日で歴代最長(当時)。日英同盟(1902年)・日露戦争終結のポーツマス条約(1905年)・韓国併合(1910年)など、明治後期の重要な外交・政治課題に対処した。西園寺公望との政権交代「桂園時代」は明治・大正の政党政治確立への道程の一部をなした。
─ 完 ─
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