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PERSON
紀貫之
紀貫之
古今集の撰者・土佐日記の作者
872頃-945頃 · 享年 73歳
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生涯
平安時代前期の歌人・官人。905年に醍醐天皇の命で「古今和歌集」を撰進し、仮名序を執筆した。この仮名序は日本語で書かれた最初の文学論・詩学論として、日本文学史上画期的な意義を持つ。「やまと歌は人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」で始まる文章は千年以上後の今も日本文学の美学を定義している。六歌仙の一人であり、百人一首にも「人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香ににほひける」が収録されている。930年から935年まで土佐守を務め、帰京の旅を女性の日記として記した「土佐日記」は日本最古の日記文学として重要。
人物像
文学への深い造詣と厳格な美意識を持つ知性派の歌人。古今集の撰進において六歌仙の選定基準を示すなど、文学批評の先駆者でもあった。「土佐日記」では女性の仮面をかぶることで自由な感情表現を実現した。
歴史的意義
古今和歌集の仮名序は日本文学論の原点。「土佐日記」は日本随筆・日記文学の先駆けとして、紫式部・清少納言ら後続の文学者に多大な影響を与えた。
逸話・エピソード
「土佐日記」——男が女装して書いた日本最初の日記文学
紀貫之は935年頃、土佐守の任期を終えて京へ帰る55日間の船旅を「女性の日記」として記した。当時、仮名文字で日記を書くことは女性の領域とされており、男性官人が書く漢文日記とは異なるジャンルを貫之は意図的に選んだ。「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり」(男が書くという日記を、女の私も書いてみよう)という書き出しは有名。失った娘への哀惜、旅の出来事、和歌などを交えた内容は、その後の平安女流文学(枕草子・源氏物語)の先駆けとなった。
─ 完 ─
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