岩手県盛岡出身の言語学者。盛岡中学校で石川啄木と同窓となり、生涯の友にして最大の理解者となった。啄木の才能を誰よりも信じ、借金の無心が来るたびに家財道具を質に入れてでも援助した。妻からは啄木のことを「大泥棒」と呼ばれ続けたが、それでも友への支援をやめなかった。東京帝国大学でアイヌ語研究に没頭し、絶滅寸前のアイヌ語の記録・保存に生涯を捧げたアイヌ語研究の第一人者。晩年には三省堂の国語辞典「明解国語辞典」の編纂にも携わり、「金田一さんの辞書」として親しまれた。啄木の死後も、その文学の普及と顕彰に尽力し続けた真の友人。孫の金田一秀穂も言語学者として活躍している。享年89歳。