黒田清隆は1876年にアメリカのマサチューセッツ農科大学学長W・S・クラーク博士を招聘し、札幌農学校(現・北海道大学)の初代教頭に就任させた。クラークは「紳士たることを忘れるな」「Boys, be ambitious!」の言葉を残して翌年帰国したが、この一年間の活動は北海道農業の礎を築いた。黒田の先見性ある人材招聘なしには、北海道の近代農業の発展はなかった。
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薩摩藩出身の明治の政治家・軍人。戊辰戦争では旧幕府軍の箱館五稜郭の攻略を指揮し、明治政府の成立に貢献した。明治政府では開拓使長官として北海道の開発を主導し、W・S・クラーク博士を招聘するなど農業技術の導入と移民政策を推進した。「Boys, be ambitious!」で知られるクラーク博士の招聘は黒田の功績。1888年に初代伊藤博文内閣に続く第2代内閣総理大臣に就任。大日本帝国憲法発布式典を主導した。しかし大隈重信の外交秘密漏洩問題で失脚。北海道開拓使官有物払い下げ事件(1881年)では政府の不正を批判される失態もあった。