生年は不詳。前田利家の末弟で、兄・利家に仕えて各地を転戦した。天正13年(1585年)8月、羽柴秀吉による佐々成政討伐(富山の役)で成政が降伏した後、秀継は越中木舟城主として4万石を拝領し入封した。しかし入封からわずか3ヶ月後の同年11月29日深夜、後に天正大地震と呼ばれる巨大地震が越中一帯を襲い、木舟城は地盤ごと崩落。秀継とその妻は多くの家臣とともに圧死し、遺体は3日後にようやく発見されたと伝わる。この地震では木舟城のほか越中・飛騨・美濃・近江に及ぶ広範囲で甚大な被害が出ており、秀継夫妻の死はその象徴的な悲劇として語り継がれている。秀継の死後、子の利秀が今石動城代となり、木舟城に代わって今石動が地域の中心として整備された。