前田秀継
前田秀継
木舟城主・前田利家の末弟
?-1586 · 享年 39歳
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ゆかりの地 1か所
前田秀継を訪ねる
1 ヶ所
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木舟城
富山県
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生涯
生年は不詳。前田利家の末弟で、兄・利家に仕えて各地を転戦した。天正13年(1585年)8月、羽柴秀吉による佐々成政討伐(富山の役)で成政が降伏した後、秀継は越中木舟城主として4万石を拝領し入封した。しかし入封からわずか3ヶ月後の同年11月29日深夜、後に天正大地震と呼ばれる巨大地震が越中一帯を襲い、木舟城は地盤ごと崩落。秀継とその妻は多くの家臣とともに圧死し、遺体は3日後にようやく発見されたと伝わる。この地震では木舟城のほか越中・飛騨・美濃・近江に及ぶ広範囲で甚大な被害が出ており、秀継夫妻の死はその象徴的な悲劇として語り継がれている。秀継の死後、子の利秀が今石動城代となり、木舟城に代わって今石動が地域の中心として整備された。
人物像
兄・利家を支えて各地を転戦した忠実な武将であり、木舟城主としての在任期間はごく短かったが、突然の天災に見舞われた悲運の人物として記憶されている。
歴史的意義
天正大地震による木舟城の壊滅と秀継夫妻の死は、戦国末期の越中を襲った大規模自然災害の実例として歴史に刻まれている。木舟城跡は現在、高岡市福岡町に残り、地震で失われた城下の記憶を伝える史跡となっている。
さらに深く
家系図
本人
前田秀継
?-1586
1568-1594
前田利秀
父の死後、今石動城代となった。
兄弟
1538-1599
前田利家
加賀百万石の祖。
─ 完 ─
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