前田利秀
前田利秀
今石動城代・前田利家の甥
1568-1594 · 享年 26歳
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生涯
永禄11年(1568年)、前田利家の末弟・前田秀継の子として生まれた。天正13年(1585年)4月、父・秀継とともに越中今石動城に入城。同年5月の今石動合戦では、神保氏張・佐々平左衛門・前野勝長らおよそ5000の攻撃に対し、父と共にわずか1500の兵で迎撃した。19歳の若さながら将兵をよく叱咤し勇敢に戦ったと伝わる。同年11月29日(天正大地震)、父・秀継が地震により木舟城で圧死すると、利秀は今石動城代となった。木舟城の被害が甚大であったため城下の行政機能を今石動に移し、町割りを行い近隣から寺院を招くなど城下町の整備に努めた。文禄2年(1593年)12月29日(一部史料では文禄3年2月19日)、26歳の若さで病没した。
人物像
若くして父と共に劣勢の籠城戦を戦い抜いた勇敢さと、城代となった後は武よりも城下町整備という民政面に力を注いだ堅実さを併せ持つ人物であった。
歴史的意義
利秀が整備した今石動の町割りは、現在の富山県小矢部市の市街地の基盤となっており、彼が寺院を招いて形成した寺町の面影は今も市内に残る。26歳での早世は前田一族にとって惜しまれ、地域開発の功績は郷土史に名を留めている。
さらに深く
家系図
?-1586
前田秀継
前田利家の末弟。木舟城主。天正大地震で圧死した。
本人
前田利秀
1568-1594
─ 完 ─
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