関ヶ原での裏切り——父・利家の路線を捨て東軍に寝返った前田家の決断
前田利長は父・利家が豊臣政権の五大老として西軍寄りの立場を維持していたのとは対照的に、1600年の関ヶ原では東軍に参加した。この決断は石田三成との個人的な確執と徳川家康への現実的な政治判断から生まれたとされる。前田家は加賀百万石という徳川家を除く最大の外様大名であり、東軍参加によって加賀藩の存続を確実にした。利長は戦後も家康に忠誠を示し続け、加賀百万石は安泰となった。父・利家の豊臣贔屓と息子・利長の徳川帰服という対照的な選択が、加賀前田家の複雑な立場を象徴している。