1848年、佐渡国(現・新潟県佐渡市)に生まれた。幕末期に横浜で英語を学び、明治維新後は貿易商として急速に頭角を現した。1876年に三井物産を設立し、初代総轄(事実上の創設者)として同社を日本最大の総合商社へと育て上げ、日本の近代対外貿易を牽引した。莫大な富を積んだ後は茶の湯に情熱を傾け、「鈍翁」と号して近代最大の「数寄者(すきしゃ)」として知られるようになった。三井家や財界の人脈を活かして天下の名物茶道具を次々と収集し、小田原の広大な別邸「掃雲台」では大名茶さながらの盛大な茶会を何度も催した。1938年に90歳で没するまで現役の茶人として茶の湯を楽しみ続けた。その収集品は今日も各地の美術館で国の重要文化財として公開されている。