1751年、出雲国松江藩の第7代藩主として生まれた。本名は治郷。若くして深刻な財政難に陥っていた松江藩の再建に取り組み、厳格な倹約令の実施と産業振興(雲州そろばん・出雲織物など)によって藩財政を立て直した名君として知られる。一方で茶道への傾倒も深く、石州流を基盤に独自の研鑽を加えて「不昧流」を創始した。号「不昧」は「不昧因果(因果の法則を曇らせない)」の禅語に由来する。『古今名物類聚』を著して名物茶器の体系的な研究・分類を行い、全国に散逸しかけていた名物茶器を精力的に収集・保存した。江戸後期に衰退していた茶道文化の復興に最も大きく貢献した人物であり、「茶人大名」の代表格として現在も高く評価されている。1818年に68歳で没した。