伊賀国上野(三重県伊賀市)に下級武士の子として生まれる。藤堂家の若殿・蝉吟に仕えながら俳諧を学び、主君の死後に江戸に出て俳諧師として身を立てた。深川に「芭蕉庵」を構え、「蕉風」と呼ばれる独自の俳風を確立した。「侘び」「さび」「軽み」「細み」という美意識を重んじ、自然と人間の一体感を17文字に凝縮する境地を切り拓いた。1689年(元禄2年)、弟子・河合曾良とともに江戸を発ち東北・北陸を巡る旅に出た。全行程約2,400キロの旅の記録「おくのほそ道」は日本紀行文学の最高傑作として世界的に知られる。「古池や蛙飛びこむ水の音」「夏草や兵どもが夢の跡」「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」など、日本文学を代表する俳句を数多く残した。各地を遊歴しながら弟子を育て、俳諧を文学の域に高めた。1694年、大坂の旅の途中に51歳で病没した。芭蕉が歩いた「おくのほそ道」の旅路は今もハイキングコースとして親しまれ、各地に句碑が建てられ俳句文化の普及に貢献している。