天文18年(1549年)に生まれた。松浦氏当主として肥前国平戸を治め、南蛮貿易の窓口として栄えた平戸を拠点に勢力を築いた。文禄・慶長の役では水軍を率いて朝鮮に出兵した。関ヶ原の戦い後、徳川家康のもとで平戸藩初代藩主となり、慶長4年(1599年)、平戸島北端の丘陵・日の岳に新たな居城の築城を開始した。しかし完成間もない慶長12年(1607年)、幕府への配慮から自ら城を破却したと伝わり、以後平戸は長らく城のない状態が続いた。法印と号し出家後も実権を握り続け、慶長19年(1614年)に没した。平戸城の天守・櫓群は約100年後の5代藩主・松浦棟の代に再建され、現在見られる姿となった。