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PERSON
松下幸之助
松下幸之助
「経営の神様」——パナソニック創業者
1894-1989 · 享年 95歳
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生涯
1894年11月27日、和歌山県海草郡和佐村(現・和歌山市)の地主・松下政楠の三男として生まれた。幼少期に父が米相場で失敗し一家は没落、9歳で小学校を中退し大阪で丁稚奉公に出る。自転車店・火鉢店・大阪電燈で働きながら電気の世界に惹かれ、1918年23歳の時、妻・むめのと義弟・井植歳男(後の三洋電機創業者)ら3人で大阪市北区西野田に「松下電気器具製作所」を創業、2畳の土間でアタッチメントプラグの製造を始めた。1923年砲弾型自転車ランプ、1927年ナショナルランプで大ヒット、1929年社名を「松下電器製作所」に改称。1932年「水道哲学」を社員に示し経営理念を確立。戦後はGHQから財閥指定されたが1950年解除、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の「三種の神器」時代を築き高度経済成長のけん引役となった。1961年67歳で会長に退くも実質的な指導者であり続けた。1946年PHP研究所、1980年松下政経塾(私財70億円投入)を設立。1989年4月27日、94歳で没。
人物像
穏やかで謙虚、しかし強い意志を持つ不屈の経営者。小学校中退の学歴にも関わらず、幅広い読書と哲学的思索により独自の経営哲学を構築。「素直」「衆知を集める」「お客様第一」を経営の基本に据え、「自分より優秀な人を使う」ことを信条とした。病弱を抱えながら94歳まで活躍した強靭さの持ち主。人情味豊かで、社員を「自分の子供」のように愛した。
歴史的意義
松下幸之助は日本型経営の象徴として世界的に知られ、「経営の神様」の称号が定着した。パナソニックは現在も世界的電機メーカーとして存続、松下が築いた事業部制・週休二日制・終身雇用等の経営手法は戦後日本企業の基本型となった。PHP研究所は現在も出版・研究・教育活動を展開、松下政経塾は野田佳彦(第95代首相)をはじめ国会議員・地方首長を多数輩出、日本政治に大きな影響を与えた。著書『道をひらく』『実践経営哲学』等は現在もビジネス書の定番。
逸話・エピソード
水道哲学の提唱——1932年5月5日
1932年5月5日、松下は社員168名を大阪中央電気倶楽部に集め「真の使命」を語った。「産業人の使命は貧乏の克服であり、世の中を富まし人々に幸福をもたらすこと。生産に次ぐ生産で物資を水道の水のごとく無尽蔵たらしめ、無料に等しい価格で提供すれば、人生に調和と幸福がもたらされる」と語った。この日を松下電器は「創業記念日」と定め、「水道哲学」として経営理念の根幹に位置づけた。水道哲学は戦後日本の家電普及・消費社会形成の思想的基盤となった。
松下政経塾の設立——1980年
1979年、85歳の松下は次世代の政治リーダー育成を目指し、私財70億円を投じて「松下政経塾」の設立を発表。1980年、神奈川県茅ヶ崎市に開塾。募集は22-35歳の若者対象で、全寮制・授業料無料・生活費支給という破格の条件。以降、野田佳彦(第95代首相)、前原誠司、玄葉光一郎、高市早苗など多数の政治家を輩出、与野党問わず日本政界の主要人材育成機関となった。
─ 完 ─
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