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PERSON
愛姫
愛姫
伊達政宗の正室
1568-1653 · 享年 85歳
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生涯
陸奥国田村郡の有力大名・田村清顕の一人娘として生まれた。幼名は「めご姫」(「めご」は奥州方言で愛しい・可愛いの意)。1579年、12歳で伊達輝宗の嫡男・政宗と婚約し、1584年に正式に結婚した。田村家は南奥州でも有力な大名家であり、この婚姻は伊達家の南方における勢力拡大を下支えした。政宗が各地を転戦する中、愛姫は仙台城(青葉城)に留まって奥向きを切り盛りし、伊達家の内政を安定させた。豊臣秀吉の奥州仕置の際、政宗が小田原参陣に遅参したことで秀吉の怒りを買った時、愛姫は政宗の使者として大坂に上り、秀吉の前で堂々と夫を弁護したとも伝えられている。長男・秀宗(後の宇和島藩初代藩主)・次男・忠宗(後の仙台藩第2代藩主)ら複数の子を産んだ。後年は「陽徳院(ようとくいん)」と号して仙台で静かに余生を過ごし、86歳の長寿を全うした。愛姫が晩年を過ごした仙台では「陽徳院」として深く敬われ、その優しさと賢明さは伊達家の発展を支えた内助の功として後世に語り継がれている。
人物像
聡明で気丈な女性。政宗の暴走を陰で支えながらも、必要なときには堂々と発言した強さを持っていた。長年政宗の正室として仙台藩の内向きを束ねた手腕は高く評価されている。
歴史的意義
陽徳院(仙台市太白区)は愛姫の菩提寺として現存している。86歳という長寿を全うし、仙台藩の礎を築いた政宗を陰で支えた賢夫人として後世に語り継がれている。田村氏の血筋を伊達家に繋いだことで、田村郡の領有にも貢献した。
逸話・エピソード
愛姫の手紙——関ヶ原で大坂城の人質となった正室の決意
愛姫(めごひめ)は1579年に伊達政宗の正室として嫁いだ。関ヶ原の戦い(1600年)では政宗が東軍に属したため、豊臣方の要請で愛姫は大坂城へ人質として送られた。政宗は愛姫の安否を常に気に掛け、数多くの書状を送り合った。愛姫は大坂城内でも気丈に振る舞い、戦後無事に帰還した。晩年は仙台で長く生き、1653年に76歳で没した。政宗との往復書簡は今も残り、戦国期の夫婦の心情を伝える一級資料とされている。
─ 完 ─
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