character/[id]

PERSON
源頼茂
源頼茂
源氏の一族
?-1219 · 享年 1219歳
+ 推しに追加
家系図を見る
生涯
源氏の一族で、院御所の警護を担う右馬権頭(うまごんのかみ)を務めた武将。源頼朝の流れを汲む傍流として、鎌倉幕府成立後も京都にあって朝廷との接点を持ち続けた。1219年(承久元年)1月、将軍源実朝が鶴岡八幡宮で公暁に暗殺された。実朝は後継ぎのないまま絶命し、源氏将軍家の血統が途絶えた。同年7月、北条義時は頼茂が将軍位を狙っていると嫌疑をかけ、軍勢を率いて内裏(大内裏)に立て籠もる頼茂を攻めた。激しい戦闘の末、頼茂は宮中に火を放って自害した。この戦闘によって内裏の多くの建物が焼失するという前代未聞の大事件となった。嫌疑の真相については、北条氏が源氏の血を引く者の力を恐れて排除した政治的謀略であったとも見られている。将軍暗殺と内裏焼亡という二つの衝撃的事件が重なり、鎌倉幕府と朝廷の双方が大きく動揺した年であった。
人物像
源氏の血統を持つがゆえに北条氏に警戒された悲運の武将。
歴史的意義
内裏炎上という前代未聞の事件を引き起こし、源氏将軍断絶後の政治的混乱を象徴する人物。
逸話・エピソード
内裏を焼いた源氏の残党——実朝暗殺と同年に起きた前代未聞の大事件
1219年(承久元年)は鎌倉幕府にとって激動の年であった。1月に将軍・源実朝が鶴岡八幡宮で甥の公暁に暗殺され、源氏将軍家の血統が断絶した。源頼朝の傍流にあたる右馬権頭・源頼茂は、この政治的空白に将軍の地位を狙っているとの嫌疑を北条義時にかけられた。7月、義時の命を受けた軍勢が内裏(大内裏)に籠もる頼茂を包囲した。宮中での戦闘の末、頼茂は内裏に火を放って自害した。平安時代に何度も再建されてきた内裏が武士の争いで焼失するという前代未聞の事態は、朝廷に深刻な衝撃を与えた。北条氏が源氏の血を引く者を体系的に排除していく過程の一幕として歴史家は位置づけており、実朝暗殺と内裏焼亡という二重の衝撃が後の承久の乱の遠因となった。
─ 完 ─
📱
アプリで巡礼を楽しむ
App Store からダウンロード
T · O · K · U