内裏を焼いた源氏の残党——実朝暗殺と同年に起きた前代未聞の大事件
1219年(承久元年)は鎌倉幕府にとって激動の年であった。1月に将軍・源実朝が鶴岡八幡宮で甥の公暁に暗殺され、源氏将軍家の血統が断絶した。源頼朝の傍流にあたる右馬権頭・源頼茂は、この政治的空白に将軍の地位を狙っているとの嫌疑を北条義時にかけられた。7月、義時の命を受けた軍勢が内裏(大内裏)に籠もる頼茂を包囲した。宮中での戦闘の末、頼茂は内裏に火を放って自害した。平安時代に何度も再建されてきた内裏が武士の争いで焼失するという前代未聞の事態は、朝廷に深刻な衝撃を与えた。北条氏が源氏の血を引く者を体系的に排除していく過程の一幕として歴史家は位置づけており、実朝暗殺と内裏焼亡という二重の衝撃が後の承久の乱の遠因となった。