1970年11月25日朝、三島は『豊饒の海』第四巻『天人五衰』の最終原稿を新潮社編集者・小島千加子に手渡した後、楯の会会員4名(森田必勝・小川正洋・小賀正義・古賀浩靖)と共に陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に向かった。総監室で東部方面総監・益田兼利陸将を人質に取り、自衛隊員約1,000名をバルコニー前に集めさせ、「諸君は武士だろう」と憲法改正と決起を訴える演説を行った。だが嘲笑とヤジに迎えられ、「天皇陛下万歳」を三唱した後総監室に戻り、午後12時15分頃割腹自決。森田必勝が介錯したが二度失敗、古賀が引き継ぎ首を落とした。森田も後を追い自決。享年45。日本中が震撼した戦後最大の事件であった。