水戸藩第9代藩主。尊王攘夷思想の精神的支柱として幕末の政局に多大な影響を与えた。弘道館を設立して文武両道の人材育成に努め、水戸学の発展に貢献した。後に将軍となる一橋慶喜の父。ペリー来航後は強硬な攘夷論を主張し、将軍継嗣問題では一橋派を支持。井伊直弼と激しく対立し、安政の大獄で謹慎・永蟄居を命じられた。桜田門外の変が起きた日の同年に死去。息子・慶喜が最後の将軍となり大政奉還を行ったことは、斉昭の夢見た「尊王」の一形態と言えるかもしれない。弘道館(現・国指定特別史跡)は水戸市に現存し、斉昭の教育への情熱を今に伝えている。