徳川光圀は司馬遷の「史記」に感銘を受け、1657年に彰考館を設立して「大日本史」の編纂を開始した。全397巻の大著は完成まで250年以上かかったが、南朝正統論を採用して尊王思想の発展に大きく貢献し、幕末の水戸学・尊王攘夷運動の思想的基盤となった。また明の遺儒・朱舜水を招聘して儒学振興に努め、テレビドラマ「水戸黄門」の主人公として今も親しまれる。
水戸藩の初代藩主——御三家の一つを確立した家康の十一男
徳川頼房は徳川家康の十一男として生まれ、水戸藩55万石の初代藩主となった。御三家(尾張・紀伊・水戸)の一つとして徳川将軍家を支える体制を確立した。息子の徳川光圀が大日本史編纂を始め「水戸学」の基盤を作ったことで、水戸徳川家は単なる親藩にとどまらず、幕末の尊王攘夷思想を生み出す知的中心地となった。
明の遺儒・朱舜水——水戸に伝えた儒学と水戸学への影響
朱舜水は明朝滅亡後も清への仕官を断り、日本に亡命して徳川光圀に招聘された。水戸で儒学・礼学・建築などを教え、中国の伝統文化を伝えた。光圀の大日本史編纂や水戸学の形成に大きな影響を与え、光圀から師として深く敬われた。日本の儒学・文化の発展に貢献した在日中国人知識人の代表的存在として評価されている。