三浦義同(道寸)
三浦義同(道寸)
相模三浦氏最後の当主・新井城で北条早雲と戦い滅亡
1451?-1516 · 享年 65歳
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生涯
相模三浦氏の当主。生年は宝徳3年(1451)説と享徳2年(1453)説がある。法名「道寸」。永正9年(1512)8月、北条早雲(伊勢盛時)の侵攻により岡崎城を失い、弟・道香の守る住吉城、翌年には新井城へと退いた。3年に及ぶ籠城の末、永正13年(1516)7月11日、新井城は落城し、子・義意ら一族・家臣とともに討死した。相模三浦氏はここに滅亡した。討死者の血で染まった入江が「油壺」の地名由来と伝わる。
人物像
3年間の籠城を指揮した粘り強さで知られる。子・義意は「北条五代記」で怪力の猛将として描かれ、父子ともに武勇で後世に語り継がれた。
歴史的意義
新井城の戦いは後北条氏による相模制圧を決定づけた戦いであり、鎌倉以来の名族・相模三浦氏はここに滅亡した。討死者の血で染まった入江が「油壺」の地名由来と伝わり、現在も三浦市の史跡・観光地として語り継がれている。
さらに深く
家系図
本人
三浦義同(道寸)
1451?-1516
1496-1516
三浦義意
父とともに新井城で討死。怪力の猛将と伝わる。
─ 完 ─
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