天文17年(1548年)、尾張国に生まれた。織田信長、次いで豊臣秀吉に仕え、加治田城・海西郡海部城・尾張蟹江城など各地の城を任され城普請の経験を積んだ。慶長3年(1598年)、上杉景勝の会津移封に伴い、越後蒲原郡新発田(現・新潟県新発田市)6万石を与えられて入封。当初は五十公野に館を構えて居住し、信長・秀吉のもとで培った経験を活かして新発田城の縄張り・築城に着手した。関ヶ原の戦いでは東軍に与し、上杉遺民一揆の鎮圧にも尽力したことで徳川家康から所領を安堵され、新発田藩初代藩主となった。新発田城は秀勝の代には完成せず、3代宣直の代に至って全容が整えられた。慶長15年(1610年)、63歳で没した。溝口家は以後、外様大名でありながら幕末まで転封されることなく新発田を治め続けた。