元亀元年(1570年)、尾張国に生まれる。天正4年(1576年)に徳川家康に見え、近侍として5500石を知行した。天正16年(1588年)に大番頭となり、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに従軍。慶長6年(1601年)に従五位下・対馬守に叙任された。慶長11年(1606年)、家康の十男・徳川頼宣の後見を託され、慶長13年(1608年)に頼宣の家老となり常陸国内に1万石を与えられた。以後、頼宣の駿府藩・紀州藩への転封に従い、元和5年(1619年)、頼宣が紀州藩主となると新宮に3万5千石を与えられ、紀州藩付家老として新宮城主となった。浅野忠吉が築いた新宮城の普請を引き継ぎ、頼宣の紀州藩政を補佐した。元和7年(1621年)、和歌山で52歳で没した。以後、子孫の水野氏が代々新宮城主を務め、明治維新後の1868年には独立した新宮藩主となった。