水野重央
水野重央
紀州藩付家老・新宮城主
1570-1621 · 享年 51歳
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ゆかりの地 1か所
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1 ヶ所
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生涯
元亀元年(1570年)、尾張国に生まれる。天正4年(1576年)に徳川家康に見え、近侍として5500石を知行した。天正16年(1588年)に大番頭となり、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに従軍。慶長6年(1601年)に従五位下・対馬守に叙任された。慶長11年(1606年)、家康の十男・徳川頼宣の後見を託され、慶長13年(1608年)に頼宣の家老となり常陸国内に1万石を与えられた。以後、頼宣の駿府藩・紀州藩への転封に従い、元和5年(1619年)、頼宣が紀州藩主となると新宮に3万5千石を与えられ、紀州藩付家老として新宮城主となった。浅野忠吉が築いた新宮城の普請を引き継ぎ、頼宣の紀州藩政を補佐した。元和7年(1621年)、和歌山で52歳で没した。以後、子孫の水野氏が代々新宮城主を務め、明治維新後の1868年には独立した新宮藩主となった。
人物像
幼少の頼宣を後見して国政を代行するなど、主君からの信頼が厚い忠実な補佐役であった。築城・城下町整備といった実務にも手腕を発揮した。
歴史的意義
新宮城跡は現在「新宮城跡附水野家墓所」として国の史跡に指定されており、重央に始まる水野氏の新宮統治の歴史を伝えている。
さらに深く
家系図
家系の記録は未登録です。
─ 完 ─
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