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森長可
像
森長可
「鬼武蔵」と呼ばれた金山城主
1558-1584 · 享年 26歳
ま だ 出 会 っ て い ま せ ん
南泉寺を訪れると出会えます
ゆかりの地 2か所
地
森長可を訪ねる
2 ヶ所
足跡をたどって、実際に巡る。
寺
南泉寺
東京都
金山城(美濃国)
岐阜県
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生
生涯
美濃金山城主・森可成の子、森蘭丸の兄。永禄8年(1565年)に信長が烏峰城を奪うと父・可成が城主となり「金山城」と改称したが、元亀元年(1570年)に可成が宇佐山城の戦いで戦死すると、わずか13歳で家督を継ぎ金山城主となった。木曽川の兼山湊や六斎市を整備するなど城下町の商業振興に努める一方、「鬼武蔵」の異名で恐れられる猛将として各地を転戦し、天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いで戦死した。
人
人物像
13歳での家督相続という逆境にもかかわらず領国経営の手腕を見せる一方、戦場では冷酷なまでの果断さで知られ、その荒々しさから「鬼武蔵」と恐れられた。
義
歴史的意義
長可の死により金山城主は弟・森忠政に引き継がれたが、忠政は後に信濃松代・美作津山へと転封となり金山城は廃城となった。長可が整備した兼山の町割は現在の岐阜県可児市兼山地区の町並みの基礎となっている。
深
さらに深く
系
家系図
親
父
1523-1570
森可成
金山城初代城主。宇佐山城の戦いで戦死。
本
本人
森長可
1558-1584
兄弟
弟
1565-1582
森蘭丸
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信長の小姓。本能寺の変で信長と共に討死。
─ 完 ─
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