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無学祖元
無学祖元
円覚寺開山・元寇を見据えた禅僧
1226-1286 · 享年 60歳
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驚
へぇ、と思う三話
其 一
無学祖元と元寇——「これが命終の時なり」の境地で元軍を退けた禅師
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無学祖元は中国(宋)から渡来した禅僧で、1279年に鎌倉に円覚寺を開山した。元寇(蒙古軍の来襲)の際、元軍が円覚寺に乱入してきた時に「莫煩悩(まくぼんのう)」(煩悩を起こすな)の偈を詠んで泰然としていたと伝わる。この逸話は武士の精神教育に影響を与え、「禅の命がけの境地」の象徴として語り継がれる。北条時宗の帰依を受け、鎌倉武家文化と禅の融合を深めた。
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生
生涯をくわしく
生い立ちから最期まで
宝慶2年(1226年)南宋の慶元府(浙江省寧波)に生まれ、7歳で学問を始め、13歳で出家した。各地の禅刹で修行を積み、元軍が南宋を侵攻した際には温州の能仁寺で元兵に刃を突きつけられたが、「莫煩悩」(煩うことなかれ)と一喝して座禅を続けたという逸話が残る。1279年(弘安2年)に北条時宗の招きで来日し、建長寺に入った。1282年(弘安5年)時宗は元寇の戦没者を弔うために円覚寺を創建し、無学を開山に迎えた。時宗に禅の教えを授け、国難に臨む精神的支柱となった。弘安9年(1286年)に示寂し、仏光国師の諡号を賜った。
人
人物像
生死を超越した胆力の持ち主。元兵の刃の前でも泰然と座禅を続けた「莫煩悩」の逸話は、その不動の境地を象徴する。時宗をはじめ鎌倉武士たちの精神的支柱として、国難に臨む覚悟を禅の教えで支えた。
義
歴史的意義
円覚寺は鎌倉五山第二位として栄え、現在も臨済宗円覚寺派の大本山である。法脈は高峰顕日・夢窓疎石へと受け継がれ、室町時代の五山文学や文化に多大な影響を与えた。「莫煩悩」の精神は日本の禅文化の象徴として語り継がれている。
系
家系図
家系の記録は未登録です。
記
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無
無学祖元と円覚寺——莫煩悩の境地で元寇と向き合った禅の師
無学祖元(1226〜1286年)は南宋から渡来した禅僧で、元軍の刃にも「莫煩悩(まくぼんのう)」と泰然と構えた逸話で知られます。第8代執権・北条時宗の精神的支柱となり、元寇後に敵味方の戦没者を共に弔うために円覚寺を開山しました。北鎌倉の禅の聖地を訪ねてみましょう。
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─ 完 ─
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