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PERSON
無学祖元
無学祖元
円覚寺開山・元寇の導師
1226-1286 · 享年 60歳
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生涯
1226年、南宋の明州(現・浙江省寧波市)出身の臨済宗僧侶。若くして禅の修行に入り、師から師へと法を受け継いで一流の禅僧となった。南宋末期、元軍が南宋に侵攻した際、元兵が刀を突きつけて脅しても「莫煩悩(まくぼんのう=煩い悩むなかれ)」と泰然として動じなかったという逸話は有名である。1279年、第8代執権・北条時宗の強い招請を受けて来日した。時宗は年若くして執権に就き、二度の蒙古来襲(1274年文永の役・1281年弘安の役)に直面する重圧の中にあった。無学は時宗の参禅師となり、「莫煩悩」の教えでその精神を鍛え国難に立ち向かう覚悟を与えた。元寇が終結した後、時宗は日本・元双方の戦没者を供養するために円覚寺(鎌倉市山ノ内)を建立し(1282年)、無学がその開山に就いた。1286年、61歳で円覚寺において入寂した。北条時宗との師弟関係は禅と武士道の交わりを象徴するものとして、鎌倉禅の歴史に深く刻まれている。
人物像
死を前にしても動じない不動の精神力の持ち主。時宗に「莫煩悩」の教えを授け、国難に立ち向かう勇気を与えた。厳しくも慈愛に満ちた師であった。
歴史的意義
鎌倉五山第二位・円覚寺の開山。元寇という国難の中で日本の精神的支柱となった渡来僧。「莫煩悩」の教えは禅の真髄を示す名言として今に伝わる。
逸話・エピソード
「莫煩悩」——元兵の刃にも動じなかった不動の禅僧
南宋末期、元軍が侵攻した際に元兵が無学祖元に刀を突きつけて脅した。しかし無学は泰然として「莫煩悩(まくぼんのう=煩い悩むなかれ)」と言い放った。この逸話は後に北条時宗に伝わり、時宗は無学を禅の師として招いた。元寇という国難に直面した時宗にとって、「莫煩悩」の境地は精神的支柱となった。
円覚寺建立——敵味方の戦没者を共に弔う普遍的な慈悲
弘安の役(1281年)で蒙古軍を退けた後、北条時宗は日本側の戦没者だけでなく、蒙古・高麗の戦没者の霊魂をも弔うために円覚寺を建立した(1282年)。これは無学の指導による普遍的な慈悲の発露であり、敵をも弔うという禅の精神を具現化した行為として評価されている。無学は円覚寺の開山として入寂まで同寺で指導を続けた。
─ 完 ─
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