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PERSON
宗尊親王
宗尊親王
第6代将軍・初の皇族将軍
1242-1274 · 享年 32歳
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生涯
1242年、後嵯峨天皇の皇子として生まれた。摂家(藤原氏)から将軍を迎える慣例を廃し、皇族を将軍とする方針に切り替えた北条時頼の求めで、1252年(宗尊10歳)に第6代将軍として鎌倉に迎えられた。京都の宮廷文化で育った皇族として和歌への造詣が深く、勅撰和歌集にも入集する水準の歌人であった。歌集『柳葉集』を編み、鎌倉において宮廷文化の普及に貢献した。将軍の座にある14年間、執権・北条氏が政治の実権を握り続け、宗尊親王は名目上の将軍に過ぎなかった。1266年、北条時宗・時頼の意向により幕府が謀反の嫌疑を理由として将軍職を解き、宗尊を京都に送還した。嫌疑の真相は今日まで不明であり、御家人との結托を恐れた北条氏の警戒心が主因とも言われる。帰京後の1274年、32歳で没した。初の皇族将軍として、以後の鎌倉幕府将軍が皇族から迎えられる先例を作り、名目的ながらも天皇家と幕府の紐帯を形成し、中世政治史における皇族と武家の関係の一形態を示した。
人物像
和歌を愛し文雅に優れた皇族将軍。政治的野心より文化に傾倒した。
歴史的意義
皇族将軍の先駆けとして、以後の鎌倉幕府将軍のあり方を規定した。歌人としても優れた作品を残した。
逸話・エピソード
初の皇族将軍——和歌と宮廷文化を鎌倉にもたらした文人将軍
宗尊親王は1252年、10歳で六代将軍として鎌倉に迎えられた初の皇族将軍であった。和歌に優れ、勅撰和歌集に入集する水準の歌人として知られた。歌集『柳葉集』を編纂し、鎌倉において宮廷文化の普及に貢献した。しかし政治的実権は全く持たず、1266年には謀反の嫌疑で将軍職を解かれ京都に送還された。歌人としての功績と傀儡将軍としての政治的悲劇を合わせ持つ、鎌倉文化史上ユニークな存在である。
─ 完 ─
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