藤原為時の娘として生まれた。正確な生没年は不明で、978年ごろ生まれ、1014年から1025年の間に没したとされる。漢籍にも通じた父の薫陶を受け、当時女性には珍しい高い学識を身につけた。998年ごろに藤原宣孝と結婚し一女(大弐三位)をもうけたが、1001年に夫と死別した。夫の死後、深い悲嘆の中で物語の執筆を始めたとも伝えられる。1006年ごろから一条天皇の中宮・彰子(藤原道長の娘)に仕える女房となり、宮廷での見聞を重ねた。この時期に『源氏物語』の大半が書かれたとされる。全54帖からなる『源氏物語』は世界最古の長編小説のひとつとされ、光源氏を中心に王朝貴族社会の栄枯盛衰と人間の情感を描ききった。また宮廷生活の記録『紫式部日記』や、優れた和歌を収めた『紫式部集』も残している。彼女の鋭い人間観察と卓越した文学的才能は平安中期の文学を代表するものとして後世に高く評価されている。