1275年、伊勢国(現・三重県)に生まれた。8歳で出家し、比叡山・奈良諸寺で学んだ後、鎌倉の建長寺・円覚寺などで禅を修行した。師を求めて各地を遍歴する中で悟りを開き、高名な禅僧として後醍醐天皇・足利尊氏双方から帰依を受けた。後醍醐天皇が吉野に没した後、足利尊氏・直義兄弟に天龍寺(京都市右京区)の建立を勧め、天皇の菩提を弔わせた(1339年)。天龍寺建立の費用を賄うため元との貿易船(天龍寺船)を派遣したのも夢窓の進言による。後醍醐・光明・崇光・後光厳・後村上・長慶・後亀山の七代の天皇・上皇から国師号を賜り「七朝帝師」と称された。禅の修行のかたわら造園の才を発揮し、西芳寺(苔寺、現・世界遺産)・天龍寺(同・世界遺産)・恵林寺・永保寺・瑞泉寺など各地に名庭を設計した。枯山水庭園の源流の一つを形成した。五山文学の発展を主導し、室町文化の精神的支柱となった。1351年、77歳で入寂した。