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PERSON
明恵
明恵
華厳の行者・夢を記録した僧
1173-1232 · 享年 59歳
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生涯
承安3年(1173年)紀伊国有田郡に生まれた。法名は高弁(こうべん)、明恵上人・栂尾上人とも呼ばれる。幼くして両親を失い、高雄山神護寺で出家した。華厳宗を基礎としつつ真言密教を融合した独自の「厳密」の教学を打ち立てた。建永元年(1206年)に後鳥羽院より栂尾の地を賜り高山寺を開いた。19歳の頃から約40年にわたって自らの夢を記録した『夢記』は世界的にも稀有な夢日記である。法然の専修念仏を批判して『摧邪輪』を著し、戒律の復興にも尽力した。宋から伝わった茶の栽培を栂尾で始め、日本の茶文化の発展にも貢献した。寛喜4年(1232年)60歳で没した。
人物像
純粋な修行者でありながら、夢の世界に深い関心を寄せる神秘的な感性の持ち主。法然への批判に見られるように筋を通す厳格さを持ちつつ、自然や動物への愛情も深く、鳥獣戯画の伝承とも結びつく。
歴史的意義
高山寺は世界遺産に登録され、所蔵の「鳥獣人物戯画」は日本漫画の原点とされる国宝である。『夢記』は心理学・宗教学の分野でも注目される世界的に稀有な夢の記録。栂尾での茶栽培は宇治茶の起源とされ、日本茶文化の礎となった。
逸話・エピソード
明恵と春日明神の夢——夢日記と「あるべきようわ」の精神
明恵(高弁)は栄西から禅の影響を受けながら、法然の専修念仏に批判的な立場から「摧邪輪」を著した。夢を20年以上記録した「夢記」は日本最古の夢日記として心理学的にも注目される。「あるべきようわ」(あるべき様にあること)を標語として自然とともに生きる清澄な生を実践した。栂尾高山寺を拠点に、茶の栽培も行って日本の茶文化にも貢献した。
─ 完 ─
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