南部直房
南部直房
八戸藩初代藩主
1628-1668 · 享年 40歳
ま だ 出 会 っ て い ま せ ん
八戸城を訪れると出会えます
ゆかりの地 1か所
南部直房を訪ねる
1 ヶ所
足跡をたどって、実際に巡る。
八戸城
青森県
すべて →
みんなの声
推しへの想い・おすすめ作品・豆知識を語り合おう。
ログインすると投稿できます
生涯
寛永5年(1628年)、盛岡藩2代藩主・南部利直の七男として、側室・仙寿院の子に生まれた。当初は母方の姓を名乗り中里直好(中里数馬)と称していた。寛文4年(1664年)、盛岡藩3代藩主・南部重直が跡継ぎのないまま没すると、江戸幕府の裁定により南部家の所領10万石が分割され、兄・重信が盛岡藩8万石を継ぎ、直好は新たに2万石を与えられて八戸藩を立藩、「南部直房」と改名した。直房は根城南部氏の支城であった中館の建物を修築して八戸城とし、家臣団の編成と城下町の整備に着手した。しかし立藩からわずか4年後の寛文8年(1668年)、41歳で急死した。病死とされるが、盛岡藩による関与を疑う説もあり、幕府が調査にあたったと伝わる。
人物像
盛岡藩の分知によって急遽大名となった立場ながら、限られた期間の中で城の整備・家臣団編成を精力的に進めた人物。若くして急死したため事績は多くないが、八戸藩という新たな藩の基礎を一代で築いた。
歴史的意義
直房が整備した八戸城の跡地には、明治7年(1874年)に三八城神社が創建され、直房を含む南部家ゆかりの神々を祀っている。八戸藩は直房の子孫のもと、明治維新まで存続した。
─ 完 ─
アプリで巡礼を楽しむ
アプリで見る