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在原業平
在原業平
歌の貴公子
825-880 · 享年 55歳
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へぇ、と思う三話
其 一
東下り——都鳥に問いかけた恋歌の旅
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在原業平は地方官として東国(現・関東)に赴任した際、都に残した恋人への思いを「名にし負はばいざ言問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」と詠んだ(古今和歌集)。この歌は墨田川(現・東京)でユリカモメを見た際に詠まれたとされ、「都鳥」という言葉が遠い都への望郷と恋人への思いを凝縮する。伊勢物語第九段の「東下り」として描かれたこの旅は、後世の文学・紀行文に多大な影響を与え、業平は「恋と旅」の詩人の原型となった。
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深
さらに深く
生
生涯をくわしく
生い立ちから最期まで
平安時代前期を代表する歌人・貴族。平城天皇の孫として生まれ、六歌仙・三十六歌仙の一人に数えられる。「伊勢物語」の主人公「昔男」のモデルとされ、その生涯は情熱的な恋愛と旅を軸とする。藤原氏全盛の時代に皇族の血を引きながらも政治的に恵まれず、地方官として各地を歴任した。東下り(東国旅行)の折に詠んだ「名にし負はばいざ言問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」(古今集)は、都に残した恋人を思う望郷の情を鮮やかに表す。小野小町とともに「色好み」の典型として後世に語り継がれ、和歌の美学において恋と自然を結びつける業平様式は平安文学の一大潮流を形成した。
人
人物像
熱烈な恋愛感情と繊細な美的感覚を兼ね備えた風雅の人。官人としての現実よりも詩情と恋情を優先し、身分を超えて女性に近づく奔放さがあった一方、その情感は真摯で深く、多くの名歌を生み出した。
義
歴史的意義
「伊勢物語」を通じて後世の文学・芸能・美術に多大な影響を与えた。業平を主人公とする能・歌舞伎・浮世絵が数多く生まれ、日本の「色好み」文化の象徴的人物として現代にいたるまで語り継がれている。
系
家系図
親
父
792-842
阿保親王
平城天皇の第一皇子。
本
本人
在原業平
825-880
兄弟
兄
818-893
在原行平
同じく著名な歌人。謡曲「松風」の主人公。
記
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在
在原業平の東下り——墨田川の都鳥に恋人への想いを詠んだ歌人
在原業平は平安時代を代表する歌人で、六歌仙・三十六歌仙の一人。東国への旅で墨田川の都鳥(ユリカモメ)を見て、都の恋人を思い「名にし負はばいざ言問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと」と詠んだ。この名歌は「伊勢物語」第九段「東下り」として後世に伝わり、恋と旅を詠み続けた業平の生涯とともにやさしく解説する。
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─ 完 ─
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