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PERSON
忍性
忍性
良観房・鎌倉の社会福祉僧
1217-1303 · 享年 86歳
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生涯
建保5年(1217年)大和国に生まれた。字は良観房。1245年に叡尊より別受戒を受けて比丘となり、師の「興法利生」の精神を受け継いだ。文永4年(1267年)に鎌倉に下向し、極楽寺を拠点として活動した。聖徳太子の四箇院の制に倣い、療病院・施薬院・悲田院などの救済施設を設け、癩者・非人への授戒と救済を行った。道路・橋梁の建設などの土木事業も多く手がけ、和賀江嶋の修築にも関わったとされる。嘉元元年(1303年)87歳で没した。
人物像
師・叡尊の慈悲の精神を鎌倉の地で実践した行動派の律僧。病者や社会的弱者への献身は徹底しており、「慈悲に過ぎたる者」と評されるほどであった。
歴史的意義
極楽寺は鎌倉の名刹として現在も残り、日本遺産にも認定されている。忍性の社会福祉事業は中世日本の慈善活動の最も優れた実例として評価され、道路・橋・港湾の整備は鎌倉のインフラ形成に大きく貢献した。
逸話・エピソード
忍性と非人救済——菩薩の実践を貫いた社会事業僧
忍性(良観房)は叡尊の弟子として律宗の社会事業を継承し、特に非人(被差別民)・ハンセン病者への救済活動に尽力した。鎌倉に極楽寺を建立し、病院・宿泊施設を設けて病人・孤独者を収容した。また橋・道路の整備も行い、中世日本の「社会福祉の先駆者」として位置づけられる。元寇の際の祈禱でも知られ、「南無妙法蓮華経」を唱える日蓮と論争したことも有名。
─ 完 ─
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