野口英世の執念——幼少期の火傷と梅毒研究に捧げた生涯
野口英世(清作)は1歳半の時に囲炉裏に落ちて左手に重度の火傷を負い、4本の指が癒着した障害を抱えて育った。1898年に恩師・血脇守之助の援助で渡米し、ペンシルバニア大学のサイモン・フレクスナー博士のもとで梅毒スピロヘータの純粋培養に成功、梅毒の病因解明に貢献した。1913年には進行性麻痺(梅毒性脳炎)の病原体発見を発表。ロックフェラー研究所で活躍し、ノーベル賞候補に三度推薦された。1928年に黄熱病研究中にアフリカ・ガーナで自らも感染して死去。研究に全てを捧げた生涯は、旧千円札・旧五千円札の肖像に採用された。