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PERSON
野口英世
野口英世
黄熱病に挑んだ細菌学者
1876-1928 · 享年 52歳
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生涯
明治・大正時代の細菌学者。福島県猪苗代町に生まれた。幼少期に囲炉裏の火に落ちて左手に重度の火傷を負ったが、手術によって機能を回復し、医師を志すようになった。渡米後、ペンシルベニア大学・ロックフェラー医学研究所で活躍し、梅毒スピロヘータの培養・純化(1911年)など先駆的な業績を挙げた。南米・アフリカで黄熱病研究に取り組み、その病原体解明に情熱を注いだ。しかし1928年、研究中のガーナのアクラで黄熱病に感染し51歳で死去した。千円札の肖像(2004年廃止)として広く親しまれ、「努力の人」として日本の学校教育で語り継がれる。梅毒の神経梅毒との関連を示した研究は現代医学の礎の一つとなったが、黄熱病の病原体特定については後に修正を要する部分もあった。
人物像
貧困と身体的ハンディを乗り越えた不屈の努力家。科学への純粋な情熱と、死をも恐れない献身的な姿勢が際立った。一方で名声欲や自己顕示欲も強かったとされ、研究における慎重さより速度を優先する一面もあった。
歴史的意義
梅毒研究における先駆的業績は世界の医学史に名を刻んだ。苦難を乗り越えた生涯は日本の近代化・国際化の象徴として教育に活用され続け、福島県猪苗代の野口英世記念館は多くの訪問者を集める。
逸話・エピソード
野口英世の執念——幼少期の火傷と梅毒研究に捧げた生涯
野口英世(清作)は1歳半の時に囲炉裏に落ちて左手に重度の火傷を負い、4本の指が癒着した障害を抱えて育った。1898年に恩師・血脇守之助の援助で渡米し、ペンシルバニア大学のサイモン・フレクスナー博士のもとで梅毒スピロヘータの純粋培養に成功、梅毒の病因解明に貢献した。1913年には進行性麻痺(梅毒性脳炎)の病原体発見を発表。ロックフェラー研究所で活躍し、ノーベル賞候補に三度推薦された。1928年に黄熱病研究中にアフリカ・ガーナで自らも感染して死去。研究に全てを捧げた生涯は、旧千円札・旧五千円札の肖像に採用された。
─ 完 ─
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