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PERSON
野口英世
野口英世
黄熱病研究の医学者
1876-1928 · 享年 52歳
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生涯
福島県猪苗代町の貧しい農家に生まれる。幼少期に囲炉裏に落ちて左手に大やけどを負い、その治療を施した外科医・渡部鼎の姿に感動して医学を志した。上京後、済生学舎を経て医術開業試験に合格し、北里柴三郎の伝染病研究所で鑽鑽を積んだ。渡米後、ロックフェラー医学研究所で梅毒スピロヘータの純粋培養・観察に成功して国際的名声を得た。また進行性麻痺患者の脳にスピロヘータを発見し、梅毒との関連を示した。ノーベル賞候補に三度選ばれたが受賞には至らなかった。黄熱病の研究のためエクアドル・メキシコを経てアフリカ・アクラに赴いたが、自らも黄熱病に感染し1928年に51歳で殉職した。研究成果の一部は後世に否定されたが、命を賭けて未知の感染症に挑み続けた情熱と勇敢さは今なお尊敬されている。旧千円札の肖像として多くの日本人に親しまれてきた。猪苗代には野口英世記念館があり、世界中から研究者や観光客が訪れる。その功績を称え、猪苗代の生家跡には記念館が設けられ、医学への夢を抱く子どもたちが今も訪れる。
人物像
逆境を跳ね返す不屈の精神の持ち主。貧困と身体的ハンディキャップを乗り越え世界的研究者となった。研究への没頭ぶりは常軌を逸し、寝食を忘れて実験に取り組んだ。
歴史的意義
旧千円札の肖像として日本人に広く知られる。ノーベル賞候補に3度選ばれた。研究成果の一部は後に否定されたが、感染症研究への情熱と自己犠牲の精神は今なお尊敬される。
逸話・エピソード
母・シカの手紙
英世がアメリカで活躍するようになってから、母・シカは文字が書けないながらも誰かに代筆を頼んで手紙を送り続けた。「はやくきてくたされ」(早く帰って来てください)と書かれた手紙は英世の胸を打ち、「母のためにも必ず大成しなければ」と研究への情熱を新たにしたとされる。この手紙は現在も野口英世記念館に展示されている。
梅毒スピロヘータの純粋培養に成功
1913年、ロックフェラー医学研究所においてドイツの細菌学者シャウディンが発見した梅毒スピロヘータ(Treponema pallidum)の純粋培養に世界で初めて成功した。また進行性麻痺患者の脳からスピロヘータを発見し、梅毒と脳の関係を証明した。この業績によってノーベル賞の候補に挙げられ、英世は国際的な名声を得た。
─ 完 ─
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