1535年(天文4年)頃、美濃の戦国大名・斎藤道三と正室・小見の方の娘として生まれたとされる。別名は帰蝶。1549年(天文18年)、政略結婚として尾張の織田信長に嫁いだ。当時信長は15~16歳で「うつけ者」と噂されていた。嫁入りの際、父・道三は短刀を持たせ「信長が本当のうつけ者なら、これで刺せ」と言ったとされるが、濃姫は「この短刀は父上に向けられるかもしれませぬ」と答えたと伝わる。その後の濃姫の生涯は史料がほとんど残っておらず、本能寺の変の時に信長と共に戦死したとも、安土で余生を送ったとも、様々な説がある。戦国時代で最も謎に包まれた女性の一人。