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PERSON
額田王
額田王
万葉の歌人
生没年不詳 · 享年 60歳
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生涯
630年頃に生まれ、7世紀を代表する女流歌人として名を馳せた。若くして大海人皇子(後の天武天皇)と結ばれ、十市皇女をもうけた。しかしその後、兄の中大兄皇子(後の天智天皇)に寵愛されて後宮に召された。2人の皇子の間を揺れ動いた波乱の半生は、万葉集に詠まれた歌を通して後世に伝わる。天智天皇に随行した蒲生野の薬猟りの折、かつての夫・大海人皇子が袖を振って気を引こうとしたのを詠んだ「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」は、万葉集屈指の名歌とされる。大海人皇子もこれに「紫のにほへる妹を憎くあらば人妻ゆゑに我恋ひめやも」と応え、禁じられた恋を詠み交わした。蒲生野の御歌は宮廷での即興歌として詠まれたとみられ、その直接的な感情表現は万葉の時代の自由さを象徴する。生涯の後半については記録が乏しく、没年も不詳だが、万葉集に13首の歌が残されている。
人物像
情熱的で感受性豊かな歌人。二人の皇子の間で揺れる恋心を率直に詠んだ大胆さは、万葉の時代の女性の自由さを象徴する。巫女的資質も指摘される。
歴史的意義
万葉集を代表する女流歌人として日本文学史に不朽の名を刻む。柿本人麻呂と並ぶ万葉歌人の双璧とされる。
逸話・エピソード
額田王——万葉集に輝く謎の女流歌人
額田王は7世紀後半を代表する宮廷女流歌人で、万葉集に多くの歌が収録されている。大海人皇子(天武天皇)の寵愛を受けた後、天智天皇の後宮に入ったとされ、二人の天皇に愛された謎めいた存在。「あかねさす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」は日本最初期の「スキャンダラスな恋歌」として知られ、大海人皇子との禁断の恋を示唆するとされる。
─ 完 ─
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