631年頃、天智天皇(中大兄皇子)の弟として生まれた。兄・天智の死後、吉野に隠棲して出家の姿を示したが、671年末に挙兵を決意。天武元年(672年)に壬申の乱を起こし、各地の豪族・武士を糾合して甥・大友皇子の軍勢を各地で撃破。わずか数ヶ月で全国を掌握し、天武天皇として即位した。即位後は天皇の神聖性と絶対的権威を確立することに尽力し、「天皇」号と「日本」国号の使用を定着させた。氏族連合的な体制から脱却し、天皇親政を重視した。飛鳥浄御原令の編纂を命じ、律令国家の基盤を固めた。681年には「帝紀」「上古諸事」の記録・選定を稗田阿礼に命じ、後の古事記・日本書紀編纂の礎を作った。また伊勢神宮の整備・遷宮制度の確立、天武天皇の命による五重塔の建立など、文化・宗教面でも大きな足跡を残した。686年に崩御。