1663年、京都の裕福な呉服商・雁金屋の四男として生まれた。5歳上の兄は琳派の巨匠・尾形光琳。20代から書と禅に傾倒し、野々村仁清に陶芸を学んで1699年に京都・鳴滝に窯を開き「乾山」と号した。号は中国の伝説上の隠者・陶淵明の住んだ「東山」の「東(とう)」に対して西を意味する「乾(けん)」に由来する。兄・光琳が絵付けを施し、乾山が陶を焼き上げるという兄弟共作の陶器も多く残る。仁清の華麗な色絵とは対照的に、禅や和歌の精神を反映した文人的で洒脱な趣きの作品を追求した。1731年に江戸に移住し、入谷(現・台東区)で作陶を続けた。1743年に81歳で没した。乾山の洒脱な芸術観は、茶陶における文人美の理想を体現するものとして高く評価されている。