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PERSON
小栗上野介忠順
小栗上野介忠順
幕府の近代化推進者
1827-1868 · 享年 41歳
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生涯
幕末期の幕臣で、「明治の父」とも呼ばれる近代化の先駆者。1860年に遣米使節の一員として渡米し、西洋文明を直接体験した。帰国後は勘定奉行・外国奉行として幕府の近代化改革を主導した。横須賀製鉄所(現・横須賀造船所)の建設を主導し、フランスの技術援助を受けながら日本初の西洋式造船施設を完成させた。財政面でも新しい税制度の導入や生糸貿易の整備に取り組み、幕府の経済基盤強化に努めた。鳥羽伏見の戦いの後も徹底抗戦を主張したが容れられず、上野国(群馬県)に帰農。明治政府軍に捕縛され、裁判なしに斬首された。享年41歳。西郷隆盛は「小栗を殺さなければよかった」と後悔したとも伝わる。
人物像
鋭い先見性と強い実行力を持つ改革官僚。幕府への忠誠心は揺るぎなかったが、それは保守主義ではなく近代化への情熱に裏打ちされたものだった。不当な死は歴史の悲劇の一つ。
歴史的意義
横須賀製鉄所は明治以降も日本の近代海軍の基盤として活用された。「幕府が存続していれば小栗の改革案で日本はより平和的に近代化できた」という見方が歴史家の間にある。
逸話・エピソード
横須賀製鉄所の建設——幕臣が遺した近代日本の礎
小栗忠順は1865年にフランス人技師ヴェルニーを招聘し、横須賀製鉄所(後の海軍工廠)の建設を開始した。蒸気機関・造船技術・西洋式工場管理を日本に根付かせるこの事業は、幕府の財政負担にも関わらず遂行された。明治政府はこの施設を接収して近代海軍の基盤とした。「敵が作ったものでも使える」と評した明治政府の実用主義は、逆説的に小栗の仕事の質の高さを証明している。
─ 完 ─
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