1180年8月、源頼朝が伊豆で挙兵すると、岡崎義実は三浦一族らとともにいち早く駆けつけた。石橋山の戦いでは頼朝軍が大庭景親率いる平家方の大軍に大敗を喫した。この戦いで義実の子・佐奈田義忠は敵将・俣野景久と一騎打ちとなり、討ち取られた。子を失いながらも義実は頼朝とともに安房へ落ち延び、その後の幕府創設に力を尽くした。石橋山の敗残を乗り越えて関東に戻った頼朝が鎌倉を拠点とし幕府を開くにあたり、岡崎義実のような初期の忠臣たちの命がけの従軍こそが礎となった。子の義忠は現在も「佐奈田霊社」(神奈川県小田原市)に祀られ、武勇の神として崇敬されている。