天才剣士の結核——最強の剣士が病に倒れた無念の最期
沖田総司は「天然理心流の天才」として近藤勇・土方歳三にも認められた最強の剣士とされる。新選組一番隊組長として池田屋事件など多くの戦いで先頭に立った。しかし1867年頃から結核が悪化し始め、鳥羽・伏見の戦い(1868年1月)には体調不良で参加できなかった。療養中の1868年5月に江戸で没した。享年25〜27歳とされ(生年不詳)、最強の剣士が若くして病に倒れた悲劇は後世の小説・漫画・アニメで繰り返し描かれ、幕末を代表する悲劇のヒーローとして今も人気が高い。