出雲国の出身とされ、出雲大社の巫女であったとも伝えられる。生没年はともに不詳だが、1572年頃の生まれとする説が有力である。1603年頃に京都の四条河原において、当時流行していたねんぶつ踊りを基に独自の「かぶき踊り」を創始し、大きな人気を集めた。男装して異性の役を演じたり、当時の風俗を大胆に取り入れた斬新な演出が評判となった。北野天満宮や江戸城でも興行を行い、その名声は全国に広まった。伴侶とされる猿若(名古屋山三郎とも)とともに各地を巡業したと伝えられる。その後の生涯については記録がほとんどなく、晩年に出雲に帰郷して出家したとも、若くして没したとも言われるが確証はない。彼女の踊りは後に遊女歌舞伎、若衆歌舞伎などを経て、現在の歌舞伎へと発展した。