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PERSON
大伴家持
大伴家持
万葉集の最後の編者
718頃-785 · 享年 67歳
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生涯
奈良時代の歌人・官人。万葉集(760年頃)の最後の編者とされ、「春の野に霞たなびきうら悲しこの夕かげにうぐひす鳴くも」など473首もの和歌が万葉集に収録されており、これは全4500首の約10%を占め個人としては最多。父・大伴旅人も著名な歌人。越中国(富山)守として赴任した5年間(746-751年)に詠んだ「越中万葉」は、立山の雄大な自然や地元の人々の生活を歌った傑作群で、富山の文化的誇りの源泉となっている。百人一首には「かささぎの渡せる橋におく霜の白きを見れば夜ぞ更けにける」が収録されている。
人物像
繊細な感受性と豊かな自然観を持つ抒情詩人。万葉集の多様な歌風を統合する編纂者としての識見も備え、日本文学の最初の黄金期を担った重要な文化人。
歴史的意義
万葉集の最多収録歌人として、日本最古の歌集の完成に最も貢献した。「越中万葉」は富山県の文化的アイデンティティの核となり、現在も万葉集の歌碑が立山地方に多数残っている。
逸話・エピソード
越中守として詠んだ「越中万葉」——富山の自然と人々を歌う
大伴家持は746年から751年まで越中国(現・富山県)の国守として赴任し、この5年間に223首以上の和歌を詠んだ。立山の雪景色、有磯海(富山湾)の波、春の二上山、蛍の飛び交う夕べなど、越中の豊かな自然を詠んだ歌群は「越中万葉」と呼ばれる。「春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ娘子」など、土地の人々の生活も生き生きと描いた。この体験が万葉集編纂の最後の大作業への原動力となったとも言われる。富山県には万葉集ゆかりの歌碑・施設が多数ある。
─ 完 ─
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