大浦光信
大浦光信
津軽氏の始祖
1460-1526 · 享年 66歳
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生涯
寛正元年(1460年)に生まれた。三戸南部氏当主・南部信時の命により、延徳3年(1491年)、津軽西浜において安東氏への備えとして種里城に配置された。文亀2年(1502年)、岩木山麓に大浦城を築き、養子・大浦盛信を城主として入れた。自身は種里城を拠点とし続け、大永6年(1526年)に同地で没した。享年67(51歳説もある)。光信は南部氏配下の一豪族に過ぎなかったが、5代のちの子孫・大浦(津軽)為信が南部氏から独立して津軽氏を興したことから、後世には津軽氏の始祖として位置づけられている。光信が拠った種里城跡は、平成14年(2002年)に弘前城跡・堀越城跡とともに「津軽氏城跡」として国の史跡に指定された。
人物像
南部氏配下の一支族の当主として、津軽の最前線・種里で安東氏に対する防衛の任を忠実に果たした武将。表舞台での派手な事績は伝わらないが、彼が種里に築いた足場が5代後の為信による津軽独立の礎となった。
歴史的意義
光信が拠点とした種里城は「津軽藩発祥の地」とされ、種里城跡・種里八幡宮など鰺ヶ沢町一帯に光信ゆかりの史跡が残る。子孫の津軽氏は弘前藩主家として明治維新まで続いた。
─ 完 ─
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