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PERSON
大山巌
大山巌
陸軍元帥・日露戦争の英雄
1842-1916 · 享年 74歳
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生涯
薩摩藩士の家に鹿児島で生まれ、西郷隆盛の従弟にあたる。戊辰戦争では官軍として転戦し、特に会津若松城攻略戦で活躍した。明治維新後はフランス・スイスに留学して近代的な軍事技術・戦術を修得した。普仏戦争(1870〜71年)を現地で視察し、近代戦の実態を肌で学んだ。帰国後は陸軍の整備・近代化に尽力し、陸軍卿・陸軍大臣として日本陸軍の基盤を強化した。日清戦争(1894〜95年)では第2軍司令官として従軍した。日露戦争(1904〜05年)では満州軍総司令官として乃木希典・黒木為楨らを指揮し、奉天会戦を勝利に導いた。陸軍元帥にまで上り詰めながら、温厚な人格と大局的な視野で「大人(たいじん)」と呼ばれた。妻・捨松(山川捨松)はアメリカ留学帰りの才媛で、日本初の女性テニスプレーヤーとしても知られる。1916年12月10日に74歳で没した。
人物像
温厚で大局観に優れた将帥。派手な個性を持たず、部下を信頼して任せる度量の大きさが特徴であった。西郷の従弟でありながら西南戦争では政府軍側に立つという苦渋の選択もした。
歴史的意義
日露戦争勝利の立役者として日本国民に英雄視された。日本陸軍の近代化に多大な貢献をし、フランス式軍制の導入に果たした役割は現代でも高く評価されている。
逸話・エピソード
日清・日露戦争の元帥——大山巌が作り上げた近代日本陸軍の総力
大山巌は西郷隆盛の甥として薩摩で育ち、戊辰戦争・西南戦争に参加後、ヨーロッパに留学して近代的な軍事学を習得した。日清戦争(1894〜95年)では第二軍司令官として旅順・威海衛を攻略し、日露戦争(1904〜05年)では満州軍総司令官として奉天会戦を指揮した。その寡黙な指揮ぶりと参謀・児玉源太郎との連携が評価される。「ヌボーッとした大将」と部下に言われながらも、日本陸軍史上最大の勝利を収めた名将として後世に称えられる。
─ 完 ─
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