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PERSON
尾崎紅葉
尾崎紅葉
明治文壇の王者・金色夜叉の作者
1867-1903 · 享年 36歳
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生涯
明治の小説家。東京大学予備門時代に坪内逍遙の「小説神髄」に啓発されて写実主義的な小説を志した。1885年に山田美妙・石橋思案らと「硯友社(けんゆうしゃ)」を結成し、文芸雑誌「我楽多文庫」を刊行して文壇に登場した。「金色夜叉(こんじきやしゃ)」(1897-1902年、未完)は高利貸しに成り下がった青年・間貫一と許嫁・宮との愛と復讐を描いた通俗小説で、熱海の海岸での場面は「来年の今月今夜、この月を僕の涙で曇らせてみせるから」という名セリフとともに日本文学史上屈指の名場面。門下に泉鏡花・田山花袋ら明治の文豪を輩出した。36歳で病没。
人物像
文壇に君臨した天才であり、妥協を許さない高い文学的理想を持った。門下生への指導も厳格で、泉鏡花ら優秀な後継者を育てた。「金色夜叉」未完のまま逝った早世が惜しまれる。
歴史的意義
「金色夜叉」は明治文学の通俗小説の最高傑作として今も読まれ、熱海の間貫一・宮の像は現代も観光名所。硯友社の設立と「我楽多文庫」は明治文学の隆盛に大きく貢献した。
逸話・エピソード
「来年の今月今夜」——熱海の名シーンと金色夜叉
「金色夜叉」の最も有名な場面は、間貫一が許嫁・宮が富山富子と結婚することを知り、熱海の海岸で月明かりの下「来年の今月今夜、この月を僕の涙で曇らせてみせるから」と宮を蹴り飛ばすシーン。この場面は明治文学を代表する名場面として歌われ、熱海市の海岸には間貫一が宮を蹴る像が建てられている。また「金色夜叉」は映画化・ドラマ化も繰り返され、日本の「愛と復讐」の物語の原型として現代まで影響を与え続けている。
─ 完 ─
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