明治の小説家。東京大学予備門時代に坪内逍遙の「小説神髄」に啓発されて写実主義的な小説を志した。1885年に山田美妙・石橋思案らと「硯友社(けんゆうしゃ)」を結成し、文芸雑誌「我楽多文庫」を刊行して文壇に登場した。「金色夜叉(こんじきやしゃ)」(1897-1902年、未完)は高利貸しに成り下がった青年・間貫一と許嫁・宮との愛と復讐を描いた通俗小説で、熱海の海岸での場面は「来年の今月今夜、この月を僕の涙で曇らせてみせるから」という名セリフとともに日本文学史上屈指の名場面。門下に泉鏡花・田山花袋ら明治の文豪を輩出した。36歳で病没。