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PERSON
蘭渓道隆
蘭渓道隆
建長寺開山・日本禅宗の礎
1213-1278 · 享年 65歳
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生涯
嘉定6年(1213年)南宋の蜀(四川省)涪江に生まれ、13歳で出家して各地の禅刹で修行した。1246年(寛元4年)に弟子とともに来日し、北条時頼の帰依を受けた。1253年(建長5年)に時頼が宋の径山万寿寺に倣って建長寺を建立すると、その開山(初代住職)に請じられた。純粋な宋朝禅の規範を日本に持ち込み、清規(禅寺の規則)に基づく厳格な修行体制を確立した。一時は流言により甲斐に流されたが、許されて寿福寺に住した。弘安元年(1278年)に示寂し、日本初の禅師号「大覚禅師」を朝廷より賜った。
人物像
厳格な宋朝禅の規範を妥協なく日本に移植しようとした峻烈な禅僧。異国での流罪にも動じない胆力を持ち、純粋な禅風を貫いた。武家政権との関係においても媚びることなく本来の禅を伝えた。
歴史的意義
建長寺は鎌倉五山第一位の名刹として栄え、蘭渓が確立した宋式禅の修行体制は日本禅宗の基本形となった。「大覚禅師」は日本で最初に朝廷から贈られた禅師号であり、禅宗の社会的地位確立の画期となった。
逸話・エピソード
蘭渓道隆と建長寺——中国禅の本場を鎌倉に移した「大覚禅師」
蘭渓道隆は中国(宋)からの渡来僧で、1246年に来日して鎌倉幕府第5代執権・北条時頼の帰依を受けた。1253年に建長寺を開山し、本格的な中国禅(臨済宗)の道場を日本に初めて設けた。建長寺の七堂伽藍・禅の修行体制は宋の禅宗寺院の様式をそのまま日本に移植したものであり、日本の禅文化の基礎を作った。
─ 完 ─
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