1213年、南宋の四川省出身。若くして臨済宗の修行を積み、宋代禅の一流の指導者となった。1246年に来日し、鎌倉に入って第5代執権・北条時頼の厚い帰依を受けた。時頼は当時の鎌倉幕府において禅の振興に最も熱心な指導者であり、禅の普及を幕府の政策に据えていた。1253年、時頼が鎌倉の寿福寺の北方に建立した建長寺の初代住職(開山)に就任した。建長寺は宋朝禅の修行規則をそのまま取り入れた日本初の純粋な禅宗専門道場として整備され、その後の日本禅宗の発展に決定的な影響を与えた。道隆が建長寺で伝えた精進料理は「建長汁(けんちん汁)」の語源とも伝わる。元が南宋を滅ぼす(1279年)と、道隆が宋朝の間諜ではないかという嫌疑が生じ、北条時宗の時代に甲斐国に一時流された。しかし後に疑いが晴れて鎌倉に戻り、建長寺で入寂した。1278年没。享年66歳。