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PERSON
斎藤一
斎藤一
新選組三番隊組長
1844-1915 · 享年 71歳
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生涯
出身は諸説あるが江戸生まれとされる。一刀流あるいは天然理心流の剣士。文久3年(1863年)頃に新選組に加入し、三番隊組長に就任した。「左手前」(左手を前にした特殊な構え)の使い手とも伝わる。組織内の粛清にも関与し、新選組の規律維持に冷徹な役割を担った。池田屋事件をはじめとする多くの作戦に参加した。慶応4年(1868年)の鳥羽・伏見の戦い後は旧幕府側として転戦し、会津藩のために戦った。明治維新後は会津の山川家の縁で「藤田五郎」と改名し、警視庁警察官として活躍した。西南戦争(1877年)では抜刀隊の一員として参戦したとも伝わる。晩年は博物館に勤務し、1915年(大正4年)に71歳で没した。新選組の主要メンバーとして最後まで生き延びた数少ない人物の一人。
人物像
寡黙で冷静、私心なく職務を全うする忠実な武人。感情を表に出さず黙々と職責を果たす姿は、剣豪としての凄味を感じさせる。
歴史的意義
明治維新後も警察官として活躍し、幕末から明治への移行期に生きた実在の武士として後世に多くの影響を与えた。「左手前」の剣技と謎めいた経歴は、多くの小説・アニメ・ゲームで人気キャラクターとして描かれている。
逸話・エピソード
三番隊長・斎藤一——明治を生き延びた新選組最後の剣士
斎藤一は新選組三番隊長として池田屋事件などに参加した。戊辰戦争後は会津藩側で明治政府と戦い、降伏後は西南戦争(1877年)にも警察として参加した。その後警視庁の剣道師範となり、明治34年(1901年)まで生きた。「左手前(ひだりまえ)」と呼ばれる独特の剣法で知られ、その神秘的な経歴と寡黙な性格から漫画「るろうに剣心」に登場するキャラクターのモデルとして人気が爆発。新選組の中で最も謎に満ちた人物として研究者の間でも今も議論が続く。
関連する歴史的事件
1868
会津戦争
1868年(慶応4年)8月から9月にかけて行われた戊辰戦争の重要な戦局。会津藩主・松平容保は京都守護職として新選組を傘下に収め、長州・薩摩と敵対した。鶴ヶ城(若松城)を拠点に会津藩は新政府軍の総攻撃に一カ月以上抵抗したが、圧倒的な兵力差の前に降伏した。この戦争で多くの悲劇が生まれた。藩校日新館に学ぶ10代の少年兵・白虎隊は飯盛山から城が炎上していると誤信し、集団自刃した。また女性たちも娘子軍として戦闘に参加したことで知られる。会津藩の徹底抗戦は「義」への忠誠として高く評価される一方、降伏後の藩士・藩民への処遇は過酷なものとなった。土方歳三率いる新選組残党も斎藤一らとともに会津の防衛戦に加わった。会津若松市内には鶴ヶ城、白虎隊の墓がある飯盛山、新選組関連の史跡など、会津戦争に関する多くの遺跡が集中しており、幕末史ファンの聖地となっている。
斎藤一は会津戦争において新選組残党の一員として戦い、会津藩のために奮闘した。維新後は会津の山川家を通じて「藤田五郎」と改名し、新しい時代に適応した。
この人物のクイズ
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