天文5年(1536)生まれ。上総国土気城主・土気酒井氏の当主。永禄7年(1564)の第二次国府台合戦では当初後北条方として動員されたが、出陣の遅延から北条氏康の不信を招き、里見氏に通じて離反、敗走する里見義弘を救援した。以後、土気城は後北条軍から繰り返し攻撃を受ける対象となったが、上杉謙信や里見義弘の支援を得ながら胤治は城を守り続けた。天正4年(1576)に息子を人質として差し出し後北条氏に降伏、家督を譲って隠居した。天正18年(1590)の小田原征伐では土気酒井氏は北条方として小田原城に籠城し、北条氏滅亡とともに改易され土気城も廃城となった。